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今さら聞けない「東洋の魔女」が何故凄いのか?

東洋の魔女

来年に迫った東京オリンピック。前回の東京オリンピックから54年ぶりに

開催されます。その前回1964年の東京オリンピックの時、

日本を、いや世界中を席巻した「東洋の魔女」。

よく聞きますよね!「東洋の魔女」。

しかし、我々は知っているようで実はあまり「東洋の魔女」の

何が凄かったのか知らないのではないでしょうか?

今回は、今さら聞けない「東洋の魔女」の凄さを解説してまいります。

なぜ「東洋の魔女」と呼ばれているの?

「東洋の魔女」。その異名は日本女子バレーチームの

オリンピック前の戦績の凄さから名付けられました。

1960年の欧州遠征で大松博文監督率いる、

日紡貝塚チームがなんと22連勝を記録しました。

その偉業を、当時のソビエト、タス通信社が「東洋の台風」「東洋の魔法使い」

などと報道しだしました。そして東京五輪の際、

日本女子バレーが勝利を進める度にアメリカのテレビ局のリポーターが

「東洋の魔女」と連呼するようになり、そう呼ばれるようになったのです。

火付け役は、当時女子バレー界の頂点に君臨するソビエトだたわけですね。

さらには、1962年のモスクワで開催された世界選手権において

当時女子バレー世界最強だったソビエトに勝利し、

事実上の世界制覇を果たしました。

そして、その2年後の1964年東京オリンピック。

なんと大会全勝金メダルを獲得。

日本中に「東洋の魔女」大旋風が起こったのです。

この金メダルには、1つ涙のエピソードが隠されています。

当時の監督であった大松監督と優勝時の選手たちは引退を発表していました。

しかし、日本全国のファンからの復活を望む声や、オリンピック出場を

望む声に応えて、大松ジャパンは復活「東洋の魔女」は期待に応え

金メダルを獲得したのです。

「東洋の魔女」の戦績は、全国大会6年間無敗。175連勝を達成。

国内の試合において258連勝。まさに偉業を成し遂げたチームなのです。

そう考えると本当に凄いですよね!「東洋の魔女」

 

「東洋の魔女」の考えられない練習量

世界最強の名を欲しいままにした「東洋の魔女」。

しかしその強さの裏には、今では考えられない練習量があったのです。

オリンピック前の2年間、選手たちは毎日10時間の練習。

午前中は工場で仕事をし、午後3時から深夜の2時位まで練習漬けだったそうです。

しかし、その練習量に耐えられるだけの体力を備えていたわけですから、

ほんと感服いたします。

因みにメンバーの平均身長190cm超。

こちらも驚きですよね!

 

世界に勝つ為に編み出した技「回転レシーブ」

もうひとつ、「東洋の魔女」とは切り離せないものがある。

大松ジャパンが世界に勝つ為に編み出した技「回転レシーブ」だ。

これはそもそも、体格で世界に劣る日本が世界と対等に渡り歩く

為に大松監督が考え出した技です。読んで字のごとく、回転しながら

レシーブする技。この「回転レシーブ」は東京オリンピック以降、

世界のチームでも使われるようになったのです。

しかし、平均190cmあっても世界の体格に劣っていたなんて・・・

 

まとめ

いかがでしたか?「東洋の魔女」。

その凄さたるものが、おわかりいただけたでしょうか?

確かにその名の通り、「東洋の魔女」はレジェンドでした。

前回の東京オリンピックでは、様々な伝説が今の我々に語り継がれています。

来年の東京オリンピック。きっと代表選手達は再び僕たちに

伝説として語り継がれる何かを残してくれるはずです。

その時間と空間を共有出来る事の幸せを

とくと噛みしめようではありませんか!

そして、きっと今の日本を、きっときっと明るくしてくれる

に違いありません。

前回よりもさらにみんなで・・・一生懸命応援しましょうね!

東京オリンピック。


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